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第6回 昭和53年(1978) 伊勢迄歩講(いせまであるこう)
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概 要
参加者数 81名 完歩者数 79名
170kmコース 45名 最 年 少 13歳
100kmコース 36名 最 年 長 76歳
係  員 林、成瀬、善家、中島、岡本  5名
備   考 榛原からの100kmコースの新設

ユースホステルしんぶん記事

 歳末恒例の“お伊勢さん・初詣”も今年で6回目。総勢47名。「行ってまいります!」といせいよく″伊勢迄歩講″の一行は元気に旅立つ。全員、菅笠をつけて。


《第1日・12月28日(木)小雨》 マスコミの総動員で出発
 出発点の玉造稲荷神社で安全祈願のお祓いをうけ御神酒をいただいたあと、8時半出発。多数の見送りを背にうけながら、新聞・テレビそしてラジオとおおぜいの報道陣も途中まで同行。読売テレビは午前中ずっと、密着同行の取材。枚岡レクリエーションハウスで昼食。ふり返れば、大阪の街は小雨にけむりかすんでいる。午後2時、暗峠へ。吹き抜ける風が額の汗をくすぐる。足どりも軽やか。前からも後からも歓声がする。笑顔もたえない。奈良・五条山あたりで、突然、空からヘリコプターの取材。「たいむ6」の番組が私たちを低空旋回しながら追っかけてくる。一同、両手を振って応待する。ほんの2、3分のできごとだった。尼が辻、国鉄奈良駅前から一気に奈良YHへ。入所は5時20分。夜は同泊の仲間と楽しいミーティングに興じる。10時には全員就寝。(33km)


《第2日・12月29日(土)くもり時々雨》 足も口もまだまだ達者
 6時半。起床身仕度も手際よくすませて、一番先に朝食をいただく。7時45分先発隊出る。8時後発隊も。猿沢池で全員合流。記念写真をパチリ。出発! 南へ南へ一路桜井市三輪へ。大和(おおやまと)神社で昼食。小雨。少し肌寒い。いっこうに口数は減らない。和気あいあいの道中が続く。三輪から長谷寺。西峠に向けて国道165号線に沿って行く。車の往来激しく、ただ歩くのみ。足の運びが次第に速くなる。榛原(はいばら)の入口の西峠は、かって神武天皇が大和を制圧した時、八十梟( )が炭火をおこして抵抗したと伝えられる墨坂である。かっては、大和国原と伊勢を結ぷ要路だったという。
 そんな歴史的感傷にふける間もなく、榛原駅前、山豊旅館に到着。5時15分だった。
 夜、小雪が榛原の空を舞った。(37km)


《第3日・12月30日(土)雪のち晴れ》 雪道を80人の大部隊
 6時起床。外へ出る。雪がヒラヒラ舞いおりている。屋根や路面も雪化粧。今日から100キロコースの37人も合流だ。
 出発は7時半。伊勢参拝本街道の名残りを今にとどめるみちを歩く。大宇陀の大黒屋に泊っていた100キロコースの人は、8時出発。同一線上を二隊が伊勢に向かって始動。高井から山粕までは、足くびに雪が入るほど積っている。白一色のすがすがしさが漂う。歓声とともに、雪合戦の弾が前からも後からも飛んでくる。ちょうど二年前のこの日と同じ光景がハッキリ蘇ってきた。幟(のぼり)をもつ参加者の手の指先が冷たそう。
 昼食は上田口の専明寺にて。ここで総勢80人の大部隊が合流した。食事休けいの後、先発隊が一足先に。起伏のある山道は、随所で凍てついている。歓声が笑い声が山中を駆け巡る。奈良県での3日目の宿舎地は、奥宇陀の神末村民宿。最後部のグループは6時半に到着。五軒の民宿に分かれてくつろいだ。心づくしの山菜・川魚料理に舌づつみをうつ。村をあげての歓待にみんな感無量。
 夜、全体ミーティングも手短かに終え、早目に就寝。(30km)


《第4日・12月31日(日)晴れ》 いよいよ70キロの長丁場
 最大の長丁場。起床5時。先発隊は6時出発。昨夜のスタッフ・班長会議での打合わせ通り、第二隊は7時30分。最終班は8時半に。疲れたり、足に自信のない人から早目に出る。
 三重県下に入っても、薄化粧の名残り雪。目も心もホッと安らぐ。道だけは廷々と続く。
 先のグループの姿を求めて後発グループのピッチはあがり、上多気の「すぐいせみち」の石碑の前で追いつく。しかし、ここで昼食入れかわり。旅籠(はたご)「結城屋」で休けい。昼さがりのハイピッチ。どんどん差はつまる。 午後3時半大石バスターミナルで全体合流。ここで先・後発交替。冬の日暮れは早い。相可(おうか)で夕食と年越そばが待っている。
 全体の足どりは、どんどん速くなる。「メシッ」という言葉がよく口から出る。
 相可に6時半。例年どおりいつもの大盛屋でチラシ寿司と年越そばをほおばって喰らう。到着順に流れ作業式に入れかわり立ちかわりだ。
 ここで班を再編成。先発隊の22名は7時半に出発。年内に、伊勢神宮入りを目ざす。後発隊は人数がまとまり次第に出発。おおみそかの夜は、上空に満天の星をながめ、ラジオを聞きながら刻々と進む。あと3時間、あと2時間と時計を気にしつつ。10時半、度会橋東詰で小休止。

《最終日・1月1日(月)晴》 「やった!」の大歓声
 「さあ、行こう!」市内を通り過ぎ、外宮から古市を抜け、猿田彦神社へ。小走りだ。「ワッセ、ワッセ」力がこもる。体全体が足になったように歩き、走る。内宮前の目抜き通りではもうマラソン並み。「ワッセ、ワッセ、ファイトッ、ファイトッ」音量があがる。みんなの心ははやる。午後11時49分、「やった!」との歓声。体から湯気がたちのぼる。宇治橋を渡ったところで後続の仲間を持つ。1時間半後第二隊が到着。そろって参拝。元旦の朝に向かって一歩一歩ひとり歩き。正確に刻む。
 3時15分、最後の仲間が元気な姿で到着した。休けい場所の「岩戸屋」に落ちつき、まずはワインで乾杯。サントリー鳥井副社長(大阪YH協会会長)からの志だ。すぐに食事を用意。疲れきって何もほしくない、とただ眠るだけの人、放心状態でボーッとしている人とさまざま。
 午前5時、ニ見浦目ざしバスで移動。まれに見る好天気ですはらしい初日の出を拝めた。人出がどんどんと繰り出す午前7時半。疲れてはいるものの、再会を約束して現地で解散する。笑顔や歓声が絶えない。「また会おう!」声かけあって、三々五々人波の渦の中に消えていった。(70km)

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