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大阪ユース・ホステル協会恒例の「初詣伊勢への旅」は、今年で5回目。昨年12月28日から今年の元旦にかけて総勢31名が参加し、大阪の玉造から伊勢神宮までの160キロメートルを全員が無事に歩き通した。
事前・事後を通してラシオやテレビ新聞などの取材・報道が今回ほど多かったのはかつて無いことでした。伊勢へは、大阪から近鉄電車で二時間お金にすると二千円足らずで案外に近い。それを、“伊勢迄歩講(いせまであるこう)”ののぽりを立てて、5日がかりで歩いた人たち。
「お金と時間をかけて。その意味では非常にリッチな旅であると言えるかもしれませんね。」
(寺岡常務理事、12月28日、NHK「午後のロータリー」にて)
【12月28日、1日目】
午前8時、玉造稲荷神社に次々と参加者が集まって来た。道中安全のおはらいを受け、地名にゆかりの勾玉(まがたま)を身につけて出発、ラジオ・テレビ・新聞社の取材陣のカメラがどこまでも我々を追ってくる。
午後の小休止の時、NHKのスタジオと現地を結ぶ放送で参加者の声が電波で流された。
天理市のYH山の辺の家には午後7時半に着く。(約42`)
【12月29日、2日目】
今日は最大の難所を控えているため、午前8時10分出発。午前中は快調だったが、びっこをひいて歩く人が少しずつ目につく。山里の専明寺では、温かいお茶の接待を受け、身も心も暖まった。御杖(みつえ)村土屋原の宿には、予定よりかなり遅れて到着。(約43`)
【12月30日、3日目】
足を痛めた人を先発隊に、元気な人たちは後発と二隊に分れて出発。最後の難所飼坂(かいざか)峠をお互い励ましあって乗り越え、上多気の宿に全員着いたのが夕刻6時。最後の一夜を全員揃って食事。食後は一人一曲ずつノドを披露し楽しい一夜をすごす。(約21`)
【12月31日、4日目】
いよいよ大みそかだ。伊勢内宮まで夜間歩行も含め54`を一日がかりで歩く。だが途中から無情にも雨。相可(おおか)で夕食をとり、元気を回復したあと夜間歩行に入る。雨の行軍は続く。田丸で年越そばを食べ、一気に伊勢市内へ。初詣の人達にも目もくれず、市内を歩き続ける。
「あっ、宇治橋やっ!」元旦午前零時全員到着。バンザイを三唱し肩を組んで輪になり、『年の始め』を合唱。中には、目にいっぱい涙をためた女の子もいた。(約54`)
辛い歩き始め
この旅は決してただ楽しいだけの旅ではなかった。それはマメや筋肉痛に苦しめられた旅でもあった。30`や40`ではビクともしないはずの健脚者たちも、長い旅の間に一人また一人とマメをつくり、関節を痛めた。
「歩き始めは辛いけど歩いているうちにシビれてきて何も感じんようになる。」と横山和美さん、下り坂では「足がふるえてヒザにくるんです。」関節を痛めた広島修志さんは苦しそうだった。
到着、ただ感無量
「ついた瞬間のよろこびを感じるため」この旅に魅せられ、今回で二度目の挑戦となる山田良信さんは言う。(1月7日、ABC「でっかい土曜日」にて)
「とにかくやりました。ほんと涙がでてきます」「ただ感無量です。やっとついたということで」「なんとか入口までは来ましたが・・・・・」「やっとこさ、やっとこさ着いたんです」「なんとか今年中に入ったみたいで。苦労しました」「やっと来ました・・・・」 この短い言葉の中には、どれほどの感激がこめられているだろうか。この最後の実感こそ、苦しい旅を耐えぬいた者にのみ与えられる得がたい体験なのだ。
心の日記に残るのみ
参加の動機は、「若いうちに何でもやっておこうと思って」と田形真智子さん。大野博明くんは「今年の最後に大きいことをやってみたかったから」と、NHKラジオのインタビューに答えている。べつに歩いたからって勲章がもらえるわけじゃない。「心の日記に残るのみ」(赤在右次くん)というわけだ。励ましあい助け合いながら歩いた五日間、その間にみんなが考えていた以上に大きな収穫があったのではないだろうか。
なぜ歩く?
そこに道があるから
下は14歳の中学生から、上は55歳の沢正久さんまで、年齢もまちまち。職業も学生・社会人と、いろんな人々が集まり、それぞれがうちたてた心の金字塔。この体験はきっと彼等の心に永遠に残ることだろう。「目の高さで物を見、自分の足で動く旅が、若者の旅といえます」。
(12月27日、ラジオ大阪「あの町、この人、この話題」)。
歩くホステリングのすはらしさ今年はあなたもチャレンジしてみては。 (善家・はやと・滝口)
参加者
大野博明・赤在右次・大野二三夫・阪口誠一・藤田典久・山田良信・山田拓・広島修志・川上弘・矢倉利明・川口俊彦・谷口康一・田中茂・原昌久・成瀬勝巳・中村安男・岡本武治・横山和実・田中良夫・原正久・山本治子・藤原恵子・中島正枝・山田景子・中村真由美・中尾清子・田形真智子・見波多恵子・河本冨美子。
スタッフ 林俊之・善家俊彦。総勢31名(敬称略)
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